鈴木無花果
鈴木無花果 募集中-坂道-親指
       

夏の日、沈黙

「アルバイト募集中!両親が亡くなっている方限定」
大学の掲示板の張り紙。
幸い(?)僕には両親がおらず、母方の祖父母に育てられた。
意味が分からない募集だったが時給3000円の言葉につられて研究室へ向かった。
研究棟の5階。現代文化研究室。
うさんくさい眼鏡の男が待っている。タチバナと名乗った。

「なんか、緊張してるみたいだけど大丈夫?」
「高所恐怖症なんです」
3階を超えると身体がこわばってくる。
日常生活に支障はない。

「ご両親は?」
「小さいころに事故で」
「その時君は?」
「祖父母に預けられていたみたいです。まぁ、そもそも覚えてないんですけど」
「死に目には会っていないわけだ。ちょうどいいね」

なにがちょうどいいのか、と思うが、タチバナがバイトの説明を始める。
説明された仕事は、火葬場の前でただひたすらに立ち続けること。
ただし、親指は必ず見えるようにしておくこと。
昔からのおまじないだ。
霊柩車が通ったら親指を隠す。
でないと、親の死に目に会うことができなくなってしまう。
では、既に親が死んでいる人間が、親指を隠さずに霊柩車を見たら?

「だから、もう親の死に目には会えてないんですが」
「逆に今から会えるようになるかも」
タチバナがへらへら笑う。
なんともくだらないが、お金は大事。

というわけで僕は炎天下の中、両手でいいね!をしながら火葬場の前で立ってるヤバい奴だ。
葛岡の火葬場には絶えず車が入ってくる。
知識としてだけは知っているあのお城のような飾りの霊柩車は1台もない。
リムジンのように胴長の車が止まっては、バックドアからずるり、と棺が運び出されていく。

そろそろ3時間が経とうというころ、1台の霊柩車が止まる。
あの棺を見送ったら帰ろうと眺めていると、棺の横にいる人に目が留まる。
母方の祖父母。僕を育てた。
そしてその横には、小さな男の子。真っ黒い服を着ている。
彼と目が合うと、身体がこわばって、めまいが強くなる。

※※※

僕は森の中にいた。
お母さんに手を引かれている。その少し前にはお父さん。
ハイキング。
整備された山の坂道を、ゆっくりと三人で登っていく。
雨上がりのひんやりとした空気。それを切り裂くように飛ぶ大きなトンボ。
僕はトンボを追いかけて、お母さんの手を振り払った。
ガードレールは簡単にくぐり抜けられる。
道がなくなるぎりぎりで手を伸ばして、トンボをつかもうとした!

ずる、と足元の泥が滑り、体重が無くなった。
同時に、腕を引かれ抱きしめられる感覚。
お母さんが僕を、そのお母さんを、お父さんが抱きしめている。
眼下には、目がくらむ、高さ。
いつまでもいつまでも、転がり落ちていく感覚。
崖下の大きな岩が、お父さんの頭蓋骨を粉砕した音とともに、その滑落は止まった。
両親からぬくもりが消えていくのを僕は全身で感じていた。

※※※

は、と気が付くと、駐車場の車は消えていた。
熱中症になりかけているようだ。

タチバナの研究室に戻って、何も起きなかったことを伝え、謝礼を受け取った。
ありがたく帰ろうとして、そういえば、と呼び止められる。
「5階、大丈夫?」
「へ?はぁ、まぁ」
そういえば、不思議と身体がこわばっていない。
「それは良かった」
タチバナはにやつきながらPCに向き直る。

外に出ると日差しはまだ強かった。
何故か、両親の顔を思い出した。

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