鈴木無花果
鈴木無花果 襦袢-黒-ビー玉
       

マッスルメモリー

「見たまえ!完成であるぞ!」
博士が高らかに叫ぶ。
鏡に映る私は全身が肌色のスーツ姿
腕、胸、脚など、いたるところがモリモリと盛り上がり、顔とのバランスが全くあわない。
例えるならそう、小学生男子が教科書の偉人を筋肉モリモリ、マッチョマンの変態にしちゃう時があるじゃないですか、あのシルエットです。
「ようやく完成した・・・この超強化型自律外骨格増強人工筋肉システム・・・」
「すごい肉襦袢」
「美しくない表現はやめたまえ」

試運転だ、と博士が私にビー玉を渡してくる。
指先に軽く力を入れると、パリリ、と小さな音を立ててガラスの粉となって崩れ落ちた。
精密性○
垂直跳びも重量挙げも100m走も世界記録を楽々と塗り替えた。
筋肉ダルマが俊敏に動く様は我ながら、ほぼほぼ前衛芸術である。

「これでまた世界をひとつ救ってしまったな・・・」
博士の研究目的はもちろん、世界の救済である。
そしてそのために必要なのは、冷酷に見えるまでの効率の追求である。

例えば、最愛の恋人1人を救うために世界を犠牲に出来るか、というよくある問いは、博士にとって問いにならない。
最多を救うのが当然、理性的選択である。

さてここに元々博士の親友と呼べる存在だった人間がいる。私である。
異常なまでに科学へ興味を持つ博士とまともに会話が出来たのは同級生で私だけ。
話してみれば意外と普通の女の子みたいなところもあった。まぁ思想は極端だけど。

そんな親友の身体が交通事故でボロボロの状態になったのを見ても、博士は至って冷静だった。
いや、冷静では無かったのかもしれない。
冷静では無かったから、グチャグチャの私の身体をラボまで引きずって、酸素が途絶え切らないうちに脳と神経系を抜き取って保存するなんてことが出来たのかもしれない。

博士は開発していた強化外骨格の制御に、人間の脳神経系を使うことを思いついていた。
強化外骨格に思考だけで運動の指示を出すには、別の脳が必要なのだ。
かくして私の脳はすごい肉襦袢に組み込まれ、人工筋肉を制御している。
私は全身がスーツ姿、と言ったでしょう?
今の”私”の意識は、外骨格から着用者へのフィードバックの残滓。最後の幻。

動作確認も終わったので、これからフィードバックは切断され、今、このスーツを着ている女の子へ、制御が完全に明け渡される。
この女の子は、脳や意識こそハッキリしているものの、筋肉が極端に衰えていってしまう奇病の患者だ。
しかし、一度は滅びかけた私の脳を使い、また自由に動き回る日常を取り戻すことができる。
理屈としては、それが一番効率がいい。
だから博士はそれを選ぶ。

「この子のために頑張るよ、博士。ううん、ヒカリ」
「ありがとうチヒロ。君の犠牲は無駄にはしない」

博士が端末を操作する。
黒い闇の中へ私の意識は投げ出された。

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