(本名)
(本名) アンドロイド-高層ビル-強固な
       

安東くんには感情がない

ぼくの友達の安東くんは無駄なことをしたくないタイプの人間だった。
物事を合理性だけで考えるから、結果的に損をしてしまうようなそんなタイプの人間だった。
社会人になってから始めたプログラミングも、英語学習も、筋トレも、その先に続くものが見えなくなって、はたと止まってしまって、結局は終わりのない迷路をさまよう生き方をしていた。
彼は人の考えをよく聞き出そうとしていたけれど、他人の感情を分けてもらって、それを自分の感情として獲得していこうとする姿勢は、まるでアンドロイドみたいだよと言われていた。
ぼくにはそれが感情をマイレージのように溜め込んで、いつかちょっとずつ使おうと考えているかのように見えてちょっとおかしかった。

「あなたって何を考えているかわからない」

高層ビルから臨む夜景が見える最上階のフレンチレストランで、当時の彼女にプロポーズをしたときに安東くんが言われた台詞だ。
ぼくによく、なんで彼女だからって毎日連絡を返さなきゃならないのかね、なんて声をかけていたから、ぼくにはこの結果は予見できていた。
それでも、安東くんは人並みというものを考えて、世間体というものの重要さからプロポーズに踏み切ったみたいだったけれど、人はちゃんと人を見ている。
安東くんにはそれがわかってなかったみたいで、家に帰ってきても、何でだったんだろうなぁ、と数時間前まで彼女だった女性からかけられたコップの水を拭きながら首を傾げてばかりだった。
安東くんはもっと、合理性なんて考えずに自分の望むままに、心の赴くままに好きなことをして生きていけばいいのになあ。と、ぼくはいつも思っている。
のんびりと生きて、のんびりと日向ぼっこをして、走りたくなったら走るような、そんな感情と衝動で先を考えない生き方をしていけばいいのに。
「お前はいいよなぁ。いつも楽しそうでさ」
安東くんはぼくにだけ珍しく笑顔を見せる。彼女にも友人たちにも見せない柔和なほほえみがぼくはとっても好きだった。
彼は仕事があるといつも強張った顔で家を出ていく。そんなに嫌ならやめればいいのに、とぼくは思うけれど、一回、その彼の頑なさが上司との軋轢を生んで、彼が会社を辞めるかどうかの瀬戸際にたったこともある。
笑って誤魔化せば済むような場面で納得できずに詰め寄った。それが原因だったみたいだ。
これを機に海外の会社へ行こうか、それとも地元へ戻ろうか。でも……。
何日も何日も悩んで悩んで苦しみ抜いて、彼は結局、会社をやめる決断をしなかった。
ぼくと会えなくなる可能性があったからだ。
安東くんはやさしいんだ。
それはぼくだけが知っている。

***

安東くんの心は鋼でできているかのようで、頑健で強固な姿勢を崩すことはなかったけれど、それはどうやらぼくと出会って変わっていったみたいだ。
あの頃から比べると柔らかく、上手に生きていけるようになっていって、今では部下からも慕われているらしい。

ぼくが最期に目を瞑る時、安東くんは珍しく声を上げて泣いていた。
ぼくが初めて見る彼の涙だった。
ぼくの存在がすこしでも強固な彼の心を柔軟にほぐして、たくさんの人たちと打算なく、屈託なく付き合ってくれるきっかけになってくれていたならいいな……ってそれは言いすぎかな。
そんなことを思いながら、ぼくは最期の眠りについた。

さようなら、安東くん。
ぼくは君のペットとして今日までを過ごすことができた、とてもしあわせな犬だったよ。

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