「早くここから逃げなければ」白亜城主の加賀美 康忠は思った。天守閣の最上階で、康忠は後ろ手と両足を縛られて壁際に座らされている。目の前には、家臣の平子が刀をもって立っている。
平子が康忠に対して下克上を起こしたのだ。隣には康忠の奥方と息子と娘が同じく縛られていた。
このままでは、殺されてしまうのも時間の問題だ。平子は座った目で、奥方をみる。まずいぞ。どうしたらいい。康忠の頼みの綱は、康忠の保有している忍者部隊だった。忍者部隊は今どこにいるのだろうか……。
焦る康忠の手のひらに何か感触がある。何だ、これは。巻物の紙片だ。どうやら天井から落とされたものらしい。そこには、ただ一言。「摘め」と書いてあった。
摘め、とは何だ? おそらくは忍者部隊の誰かが渡してくれたものだろう。とはいえ、摘め、とは何のことだったのか。慌てて周囲をみるも、何もない。
ああ、凶刃が今まさに娘を切り裂こうとしている。息子は健気に、殺すならば先に私を殺せ、と叫んでいる。く、もうだめか。まさにそのときだった。カチャリ。と後ろ手の指先にふれるものがった。骨壺だ。康忠の父の骨壺が運良く背後にあったのだ。
その骨壺を開けて、中身をそっと摘む康忠。「おい、平子。こっちを向けい!」精一杯声を張って、平子を呼ぶと、一瞬びくりと狼狽した平子がこちらを向く。
横で様子を見ていた奥方はすべてを察して、平子に体当たりをする。平子の体勢が崩れた刹那、康忠は摘んだ灰と骨を後ろ手のまま身体をねじって平子へ投げつける。平子はパニックに陥ってそのまま刀を取り落とした。しめた、形勢逆転だ。
そのまま、息子と娘が馬乗りになって、平子は身動きがとれなくなる。やがて、縄を平子の刀で切った康忠によって、平子はお縄になってしまった。
天守閣の外は、残った忍者部隊の攪乱によって沈静化していた。
見事、平子の野望は潰えたのだった。
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