光村 柑奈は嫉妬していた。好きだった神庭 茂には彼女がいたのだ。柑奈は豪農の娘だ。金もある。家柄もある。だから、茂は私を選ぶべきなのだ。傲慢な柑奈はそう言って聞かなかった。
困った主人はかわいい一人娘のためだと、新聞の記事に載っていた惚れ薬を作ることを決める。それは、明治時代特有のよくあるカストリ記事のひとつだったが背に腹は代えられない。惚れ薬を作ってくれると噂の薬局へと向かった。
薬局には胡散臭い男がいた。
その自称薬剤師は惚れ薬には人の頭の骨を砕いて、それを焼いた粉末が必要だという。
主人は困ってしまった。さすがに権力をもった豪農の一族といはいえ、殺人はおいそれとはできない。使用人を殺すのは後味が悪い。どうしたものか。
困った主人はいい解決案を見つける。それは、海に投棄された人間の骨を拾って砕くというものだった。
さっそく、使用人に頼んで頭骨を集めようとする主人。使用人たちは苦労の末、ようやっと浜へと流れ着いた死体を見つける。これで主人に怒られずに済むと、ほっと胸をなで下ろす使用人たち。
怒られるというと聞こえはいいが、要は賃金が減るのだ。ただでさえ家族を食わせるのにいっぱいいっぱいなのに、そんなのは生きたまま殺されるようなものだった。
疲れた使用人たちは、松林の木の股に人の頭を置くと、すこし休むつもりがすっかり眠りこくってしまった。ここまで一睡もせずに三日三晩死体の捜索をしたものだから、それも無理からぬことだった。
ここで、イレギュラーな事態が発生する。使用人の1人が目を覚ますと、置いておいた人の頭を犬がくわえている。「待て!」の叫びもむなしく、犬はそのまま走り去ってしまった。
持って行こうと思った骨は取られてしまった。まずい。このままでは、奉納する頭骨がなくなってしまう。起き出した使用人たちも大慌てだ。
こうなったらいっそ、この中の誰かを殺すか? そんな殺気すら漂うまさにその時。
松林に何者かが現れた。2人組だ。頭骨にかけた懸賞の噂を聞きつけた野党かもしれない。このままでは、俺たちの取り分が減るぞ。そうだ。あいつを殺して埋めあわせにすればいい。1人より2人のほうがきっと喜ばれるだろう。そうに違いない。
使用人たちは結託して、無我夢中で野党と思しき2人組を殴り殺す。そして、その2名の頭骨をもって、屋敷へと戻った。
数日後、惚れ薬は完成した。柑奈は大喜びで惚れ薬を飲んだ。これで茂は自分のことを好きになる。あの女なんかよりも、私のほうがずっとずっと茂にはふさわしいのだ。
しかし、さらにそれからしばらくして柑奈は新聞を読んで卒倒する。
浜の近くの松林で起きた殺人事件。殺されたのは、男女2名。そのうちの1人は神庭 茂。柑奈が惚れた相手だった。
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