(本名)
(本名) 遊園地-電柱-出会い頭
       

電信柱と肩パンチ

早乙女正徳が朝、出社した時のこと、出会い頭に肩にパンチをされた。
「痛ッ……」
正徳が顔を苦痛に歪めると、殴った張本人である年下の先輩の御影石明人はにんまりと笑っていた。たしか高校を卒業してすぐに働き出した人で、今年入社した正徳よりも2年早く入っていたはずだ。
会社の正門前にある電信柱のそばに咲く桜が満開の季節だった。正徳は桜を眺めながら正門を通って、やっぱりこんな会社にくるんじゃなかった。とため息をついた。
正徳の会社は遊園地の隣に立っていて、遊園地の遊具のメンテナンスが主な業務だった。
正徳は御影石にくっついて、機械のメンテナンスの方法を学んだ。ある時は配線の修理を行い、またある時は中の機械自体を交換した。
御影石はデタラメな先輩だった。
入社が早かったとはいえ、年上の正徳にはタメ口なのは当たり前。挨拶は拳と拳をこつんとぶつける、いきなりの肩パンも日常茶飯事だった。
最初は正徳も御影石のことが嫌いだったが、仕事を教わるうちに御影石の確かな仕事ぶりと、態度のめちゃくちゃさとは裏腹な丁寧さがあることを知った。

***

正徳にとって3年目の秋だった。
海外からの観光客が大幅に増えた影響で、遊園地は活気付いていたが、メンテナンスを請け合う正徳の会社は人員の増加もなく疲弊しきっていた。
仕事の質も下がってしまっており、退職する人間も後をたたなかった。
その頃の正徳はメンテナンスの現場から経理部へ移っていた。御影石とも現場で仕事をすることはなくなっていたが、係長に昇進していた御影石とは打ち合わせで一緒になることも多かった。
ある日の打ち合わせで、メンテナンスの内容にクレームが入ったことから議論は紛糾した。上層部は現場の実働部隊に文句を言って、御影石が矢面に立たされた。
まるで、言葉の弾丸が彼を射抜き続けているように正徳には見えた。
打ち合わせ後、先輩は力なく笑っていた。
「正徳よぉ、なんでオレたち働いてるんだろうな」
御影石には20代前半の無軌道さで正徳の肩をパンチしていた頃の勢いはなく、しょぼくれて見えた。そして何だかそれが無性に正徳には悲しかった。だから。
「痛っ……」
御影石の肩にパンチをした。出会い頭にお見舞いされた、あの一発のようなパンチだ。
「思い出しましたか?」
正徳は時を戻したかった。不真面目と真面目を行ったり来たりしていたようなあの頃にかなうなら一緒に戻りたかった。
「馬鹿野郎……」
御影石は鼻声でそう言うと会議室から去っていった。去り際にありがとう、と聞こえたような気がした。

***

それから更に5年が過ぎた。
正徳は東京にある本社の営業部に移っていた。御影石とはあの時からしばらく会っていない。
春になり桜が花をつける頃、社内報で御影石に子供が産まれたことが報じられた。
「桜」と名付けられたその子と御影石夫妻の笑顔の写真を見て、もう春が来るんだな、と正徳は感慨深いものを感じた。
あの時に見た電信柱に咲く正門前の桜が、不意に目の前に現れたような気がした。

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