クラスメイトの望月 無欠は、教師の気を引こうと躍起になっているようで、ある時など授業中に教室内でランニングを始めたが、注意されることなく授業はつづいた。
教壇を横切るときだけ先生がうっとうしそうに手を払う仕草をしたが、それ以外は特に何もなく滞りなく授業は進行していった。
望月は不服だった。望月がちょっかいをかけるのは決まって特定の先生の前だけだった。それは小金井 正太郎、望月の隣の家に住むお兄さんだ。昔はよく2人で遊んだが、正太郎が赴任している中高一貫の進学校であるこの男子校に望月が入学してからは、公私混同はよくないと、遊んでくれなくなってしまったのだ。
元々、望月は内向的な性格で友達がいない。中学にあがってからも物静かに本を読んでいたが、友達はできなかった。唯一の友人である正太郎は、高校にあがってから授業を担当するようになったが望月に素っ気ない。だったら正太郎の気を引こうと、望月はいろいろな画策をするようになったのだった。
しかし、そこは中高一貫の進学校だ。望月程度のいたずらなど日常茶飯事だ。
教室での麻雀など当たり前。ある時など、お好み焼きを焼き始めた者も居るくらいの場所だ。ランニング程度では驚かれないのも無理なかろう。
どうやって、正太郎兄ちゃんの気を引いてやろうか。そう思案する望月に、前の席に座っている、登坂 直輝が振り返って言う。「お前、そんなに先生の気を引きたいなら、俺にいい案があるぞ」「え、本当!?」直輝は眠そうな目をこすりながら言う。「うん。たぶん、大丈夫だろう」
登坂の意見はこうだ。先生は、お寿司が好き。なんだろ? なら、これでいこう。
***
小金井正太郎には気がかりなことがある。隣に住んでいる、望月無欠のことだ。無欠は優秀な子だったが、なにぶん友達がいない。最近では、自分にちょっかいをかけているが、そんなことで友達が増えるとは思えない。
さて、どうしたものだろうか。
重い気分で無欠のいる教室へ入ると、なんと、教室の真ん中で回転寿司のレーンがしかれており、その真ん中で無欠と登坂の2人がジャージ姿にねじりはちまきで、すしを握っている。早くも頭が痛い。こういうことにいちいち注意をするのもばからしい。
無視を決め込み教壇にあがろうとする正太郎に、無欠が言う。
「へい、らっしゃい! 先生、いったい何にしやす?」声をかけるなよ……と額を押さえる正太郎。
「なら、いくらで」「あいよ! いくら一丁!」「「いくら一丁!!」」
注文を受ける望月と、気合いの入った声をあげる登坂。
うん、いいんだけどね。望月に友達ができてラッキーだったが、さすがにこれはなあ。
最近のちょっかいの姿勢から方向性を変えてきたことに頭を抱える正太郎だったが、登坂と息のあった姿勢で自分が大好きないくらのすしを出されたら、まあ無欠にもやっと友達ができたみたいだし、今回だけは大目に見てやろうかな、と思うしかなかった。
それにしてもこのいくら、のりもぐちゃぐちゃでいくらもこぼれている。
作るなら、ちゃんとしてくれよ。
正太郎は新たな悩みのタネができた形だったが、ひとまずは、授業を始めるのか、おあいそを言おうかで悩むのだった。
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