市ノ瀬 耕也が目を覚ますと、そこは真っ暗で何もない部屋だった。
頭に鈍痛があり、さわると頭がぬるぬるとしていた。
「うわぁ!!」
見ると、手のひらには大量の血が付いている。
耕也はパニックに陥るが、こうなるに至った記憶が完全にない。
やがて血は乾き、耕也も落ち着きを取り戻し始める。体は拘束されていなかった。
暗闇にも目が慣れ、そこでようやく部屋が外から施錠されており出る手段が一切ないこと、真っ暗だが中央に何か物体が置かれていることに気づいた。ゆっくりと中央に進むと、その物体はどうやらスマートフォンのようだと耕也は気づいた。
「何だ、これは僕のものなのか?」
スマホを手に取ろうとした矢先、lineが届いた。認証が通ってスマホのホーム画面へと進む。どうやら、これは自分のスマートフォンらしい。
lineを読むと女からだった。日下部 美帆子と書いてある。誰だろう。
「今どこにいるの?」シンプルな一言。たったそれだけだが、耕也はとても安堵した。「わからない。ところで、君はだれ?」
「場所が分からないならば、地図アプリをダウンロードして。そこから現在地が分かるから。私のlineに返信できているから電波は通るはず」
「分かった」
美帆子のlineの通りに地図アプリから場所を確認して、ここは群馬の山中だということがわかった。どうやらその中の小屋に連れてこられたらしい。いったい誰に?
思い出そうとしても、その記憶が曖昧で分からなかった。
「どうやら、群馬の山中にいるみたい」
「わかった。警察には私から連絡をしておく」
「ありがとう。でもなんでこんなところにいるんだろう? そっちに電話していい?」
「わたしにも分からないけど、最大限警戒した方がいい。犯人がいるかもしれないから」
「わかった。ありがとう」
相手の美帆子はどういう女性なんだろうか。連絡を返しても答えを教えてくれるときと教えてくれないときがある。
しびれを切らして耕也は美帆子のアカウントに通話をするが、つながらない。
「ごめん。今は電話できない」
返答にいぶかしむ耕也。
おかしいぞ、どうしてだ。
耕也の美帆子に対する疑念が徐々に、しかし確実に広がってくる。
まるで美帆子という女性は、自分がどこにいて何をしているのかを知っているかのようだ。
思い出せない。思い出そうとすると、血に塗れた頭がズキズキと痛み出して、思い出すことを拒絶していた。スマホを眺める。四月一〇日と、今日の日付をスマホは映し出す。それ以外は何もデータは入っていない。あるのは、lineと地図アプリとあとは初期に入っているいくつかのアプリケーションだ。データはすべて消してあった。
四月一〇日? 四月一〇日に何かあったか。また痛みが強くなる。
いったいなんだ、いったいなんなんだ?
「気づいた?」
美帆子からのlineが届く。
刹那、耕也の脳裏にすべての記憶がよみがえる。真実を思い出す。
***
耕也と美穂子は恋人どうしだった。
2人の記念日の四月一〇日に美帆子から別れを切り出された。そして、それを聞き終わるか終わらないかの矢先に耕也はカッとなって美帆子を殺した。さらにその死体を、美帆子のすべてをバラバラにして冷蔵庫の中に保存した。
そして、その贖罪のために自分はこうやって自分の頭を打って一芝居をうったのだ。
lineは全てアプリを使った自動送信だった。だから会話が所々かみ合わなかったのだった。
ーー一体、何をどう間違えて、こんなことになってしまったのだろう。
今頃警察が家に来て、バラバラにした死体が保存されている冷蔵庫を発見するだろう。
意識が遠くなっていく。罪滅ぼしの最期に死のうというまさにそのとき、部屋の扉が開かれる。
入ってきたのは警察だ。
耕也が絶命するよりも、警察の方が一足早かった。
ラインを自動送信していたスマホから足が付いたのだ。
彼女のモノを捨てられず、すべてを保存しておいたことが仇になった形だったが、それ自体が彼女から自分への復讐のようだ、そう耕也は思った。
コメント
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