ただただ、墜落していく感覚があった。
本当はそこに何もないのに、青空が描かれた水彩画の中を緩やかに落下していく感触があった。
不思議だった。
彼女と初めて会ってその瞳をのぞいた瞬間から、夏の暑さを全て忘れた。
彼女はとても美しい浴衣を身につけていた。番傘を日傘代わりにしてカラカラと明るい足音を立てて、アスファルトを軽やかに歩いていた。
思わず、声をかけていた。
鼓動が早くなった。顔と腕が急速に熱くなるのを感じながら、近くの喫茶店に入らないかという僕の提案を彼女は快く承諾してくれた。
彼女は近くの大学に通う学生で、僕と1歳しか年齢が違わなかった。
旅行でこの街へ来なければ、会うことはなかっただろう。
彼女はクリームソーダを頼んだ。クリームソーダには珍しい原色の青が涼しげに陽の光を透かしていて、それが瞳をのぞいた時のイメージと重なった。
彼女は短い髪をかき上げながら、毎日暑いですよねぇ、と言った。汗が流れる。
一緒に、夏祭りに行きませんか?
どちらともなく提案がなされ、どちらともなく承諾した。
店を出て、先に歩く彼女を見る。遠景に陽炎が立ち、夏が盛りに近づくことを告げていた。
***
薄闇に明るい屋台がいくつも立っている。
夏祭りの喧騒を歩きながら、彼女は実は死のうとしているんです、と言った。
袖口からのぞく腕。幾つもの線が入って鮮やかな刺青みたいだった。
ああ、そうだったんだ。その時、僕は納得した。
どうして僕は彼女に惹かれたのか。いや、彼女と僕が惹かれあったのか。
このまま夏祭りに出た後は、旅の終着点の富士の樹海で身投げをしようとしていた。
共通点から簡単に人生を重ねてしまうほどの経験値しかない僕だったけれど。
どこか惹かれあった理由が分かった。
あ、見ていてください、と彼女が言う。
誰かがふざけて割ったコーラの瓶。破片が散らばるアスファルトの上を、彼女は草履を脱いで踊り始めた。
危ないよ、そう声をかけようとして可笑しくなってやめた。死にたい人間に、そんな声をかけてどうするのだろう。
彼女の足下の光がきらきらと散乱している。
ガラスの上で踊る君はすぐに血塗れになる。グズグズの足の裏はきっと怪我をして破傷風を起こすだろう。
だけど、とても綺麗だ。
夏はすぐに終わる。闇は濃くなり夜は耽る。
この夜の一瞬は人生の連なりのほんの瞬間に過ぎない。
けれど、この刹那を僕は死んでも忘れることはできないだろう。
僕も靴を脱いで、裸足になって、アスファルトの上に一歩踏み出した。


コメント
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