(本名)
(本名) 天使-テレビ-観葉植物
       

天使なんかいない

真っ暗な部屋の中、「私」を天使はいつもなぐさめてくれる。ママは今日も帰らない。
唯一の光源のテレビは「ごめんね、サキ」といいながら大粒の涙を流している。
「こっちこそごめんね、「私」のせいでいつもつらい思いをさせちゃって」
「サキは悪くないよ。悪いのはママだよ」
天使はいつも、「私」の代わりに怒ってくれる。
テレビは嫌だ嫌だと泣きながら、「私」についての悪口や学校であった嫌なこと、つらい思い出をずっとエンドレスで流し続けている。
嫌だけど、反省しなくちゃいけない。「私」はいい人間にならないといけない。そうしないと、またママが「私」をぶつから。だから、テレビにはかわいそうだけど、「私」の悪い部分を全部見せてもらうしかない。
でも、たまにどうしようもなく涙があふれてくることがある。まだ「私」の中にこびりついて残っている何かを見て、天使も悲しそうな顔をする。

そんなとき、天使は缶チューハイばかりが入ったゴミの山から何かを取り出す。
「サキ!これだ!!」そう言ってうれしそうに笑いながら天使が見せてくれたのは、ママが昔、部屋に置いていった観葉植物のサボテンだった。
これは、がんばれば花を咲かせる特殊なサボテンだと、ママがたしか昔言っていた気がする。「これにちゃんと花を咲かせれば、ママもサキを認めてくれるって!」天使は珍しくうれしそうにまくしたてる。
テレビも、「そうだよ。それしかないよ」といいながら、カラーバーで埋まった映像を流している。

ママが久しぶりに帰ってきた。
相変わらずママはお酒臭いから、天使は敬遠してママの前では姿を見せない。テレビは、ママが怖いから、じっと、黙ってしまっている。
「ねえ、ママ」おずおずと「私」はママにサボテンを差し出す。
本当は、今夜に花を咲かせるはずだったのだ。だって、このサボテンは夜にしか咲かないから。そう、いいわけをしようとした「私」に、ママは盛大なため息を浴びせる。

「はーぁぁぁぁ」「ママ・・?」「咲! 私のことをバカにしてるんでしょ!」
「ち、違うの。ママ。ごめん。わたし」「こんな、サボテンに!!紙の!!ゴミをくっつけて!!何が花が咲くよ!!バカにしないで」「ママ、ごめん、ごめんなさい」
最後の「私」の言葉は、せり上がる吐瀉物に遮られて言えなかった。
ママはサボテンの鉢を壁にたたきつけると、そのまま「私」のおなかを蹴った。横たわる私の顔を踏砕いた。うまく、言葉がでなくなった。

突然、テレビがついた。泣きながらこう語った。「観葉植物のこのサボテンはね、花が咲かないの。決して、花は咲かない。実を付けることもない。私にぴったりでいいでしょ」ママの映像だ。今よりも若い。パパがいなくなった直後の映像だ。

ぐったりする「私」にママは言う。「あんたなんて居なければよかった。あんたがいなければ、あの人だって出て行ったりはしなかった」

テレビの映像が切り替わる。「パパは天国に行ってしまったの。サキがいい子にしていたら、きっと、いつかお空の上で会うことができるかもね」ママが優しかった頃の映像だ。それをうつろな目で眺めていると、ママが自分の話を聞いていないと思ったのか、激昂して包丁を取り出す。
「こんなものが!あるから!!」テレビを蹴倒す。
突然蹴られて、テレビは泣き叫んでいる「痛いよ!!やめて!!」「この!この!」液晶画面に何度も何度も包丁を立てるとやがて、テレビは消えて、何も映さなくなってしまった。

そしてそのままママは出て行ってしまった。
部屋は本当に真っ暗になってしまった。テレビはもう何も話さない。
やっと、天使が出てきてくれた。
「大丈夫だった?」弱々しく話しかける「私」に、天使は泣きながらささやく。
ここじゃない場所へ飛んでいこうよ。サキはもっと、すてきな場所があるよ。

天使がつれてきてくれたのは団地の屋上だった。
「ここから飛べば、もっとすてきなところへ行くことができるよ。大丈夫、私がついているから」
天使は「私」の手を引っ張って、そのまま空へと旅立っていった。
すてきな羽が羽ばたいていくのを見ながら「私」も、それに従って屋上からの一歩を歩き出した。

雨が降りしきる夜空を眺めながら、サキが薄れゆく意識の中で考えていたことは、天使の顔がママと似ていたということだった。
どうしてだろう、と考えたけれど、雨が体温を奪ってしまって、サキはもう、何も考えることができなくなってしまった。

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