高校3年生の秋である。
秋だけに、秋波を送られている気がする。
比喩ではなく、異性を誘う目線という意味で。
しかし相手はクラスのヒーロー、スメラギリヒトくん。そして私はカースト3番目くらいの目立たない女。
何かの間違いに違いない。
しかし下駄箱に入っている手紙。
校舎裏への呼び出し。
そして行ってみるともじもじしているスメラギくん。
来たかもしれません、春。
「ハシモトさんの家で、俺が履けるハイヒールって、作れる?」
「は?」
確かに私の家は小さな靴の工場。作れます。
要約すると。
スメラギ君は異性装に強い興味があるが、身体が大きくてドレスはともかく、靴が見つからない。
ここにバイトで貯めた20万円があるのでこれで作って欲しい。
デザインは映画「キンキーブーツ」でローラが履いている真紅の編み上げブーツで。
人にバラしたら殺す。
はい。
家に帰ってお父さんに相談すると、意外にもめちゃめちゃ乗り気だった。
そんなワケで、クラスのスターと私だけの秘密の作戦が突然始まった。
何をしているのかバレないようにこっそりと、スメラギくんが私の家にくる。
採寸、素材の選定、デザイン調整、耐荷重のテスト、エトセトラ。
お父さんの仕事の待ち時間、私は意を決して尋ねる。
「どこで履くの?」
「ただ、家で履くだけ。今はそれで十分」
「普段から女の人の格好はしたくないの?」
「別に。女の人になりたいわけじゃなくて、女の人って概念を極端な形で身につけたいだけ」
「なるほどわからん」
「分からないでいてくれた方が楽かも」
そして、スメラギくんのためのブーツが完成する。
スメラギ君は今までに見たことのない笑顔でそれを抱き締めて、帰路に着いた。
明日、履いてみた感想を聞かなくちゃ。こっそりと。
上位カーストたちのSNSで、真っ赤なブーツを履くスメラギくんの画像が出回ったのは、その夜のことだったそうだ。
こっそり私の家に来る後をつけられて、試着しているところを隠し撮りされたのだった。
それから卒業まで、スメラギくんが登校してくることは無かった。
高校を卒業した私は、専門学校でシューズデザインを専攻した。
卒業制作では、11インチの真っ赤な編み上げのハイヒールを作った。
このヒールを履いて、あの笑顔をこぼすスメラギくんを夢想した。
私がデザインして、お父さんが作る。
ラージサイズの、そして冗談のような極彩色のハイヒールやブーツを抱えて、私は東京へと出た。
目当ては、ドラァグ・クイーンたちの踊るナイトクラブ。
一軒一軒、自分の靴を売り込んでいく。
別に、彼を探しているわけじゃない。
ただ、やっぱり私は、分からないままでいるのは嫌だった。
「ちょっとアンタ」
突然、声をかけられる。
振り返ると、ちょうどステージを終えたのか、少し汗ばんだドラァグ・クイーンが、真っ白な顔を歪ませていた。
「最近、アタシの地元から靴の営業が出て来てるってウワサで持ちきり。アタシがおのぼりってバレちゃうからやめてくれない?」
「これ!」
話は聞かないで、私は自慢のブーツを彼に差し出した。
「新作。履いて欲しい」
スメラギくんは微笑んで、その美しい右脚を私に差し出した。
「悪くないじゃない」
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