昔から木登りなんかは得意だった。
夕方に公園へ行って、木に登る。
木の上から太陽を見ると、真っ赤に染まって沈んでいく・・・。
新宿。午前3時。
トオルは10個目のバンドをクビになってうなだれていた。
スキルに問題はない。
問題はその並外れた筋力、瞬発力からなる極度の”握力”
演奏中にヒートアップしてしまうとギターのネックを握りつぶしてしまうのだ。
イライラしながら手の中に持った石を握りつぶす。
それを見ていたのはサクマ。
サクマは日本を代表するクライミングの選手だったが、
世界の一線の中で伸び悩み、ステロイドに手を出してしまう。
しかし肥大化した身体を操りきれず、以前の自分すら越えられない。
その後ドーピングが発覚。選手としての権利をはく奪された。
もう2年も壁は登っていない。
サクマが求めても得られなかったものは、一瞬の爆発力。
筋肉中に張り巡らされた運動神経の閃光。
サクマは思わずトオルに声をかける。
クライミングをしないか?
しかしトオルは、指はギタリストの命だと断る。
焦げ臭い匂い。
振り向くと、ビルから黒煙。
3階の窓越しに助けを求める人間の影が見える。
救助はまだ来ない。
サクマはフリークライミング用のロープを持っていた。
今日はこれを捨てるに捨てられず、飲みつぶれていた。
サクマはビルの壁を登り。救助しようと試みる。
パイプや窓枠を伝えば問題ない。
しかし最後の1手、窓にたどり着くための突起で身体が支えられない。
トオルしかいない。サクマがトオルに登り方を教える。
最後の1手は、一瞬だけ身体が支えられればいい。
「ピンチ!」
サクマが叫び、トオルは強引に右手一本で身体を支え、ついに窓枠に手をかける。中にロープが渡る。
ビルの中の人間は無事助かる。
サクマは、トオルの登りを見て、クライミングの情熱を取り戻す。
救助がやってきたころには日が昇っている。
トオルは、昔見た夕陽は赤かったが、朝陽は黄色いように見えるな、と思う。
サクマが言う。
山を登って、一番高いところで見る朝陽は黄金なんだ。
お前ももっと高いところで、あの朝陽を見てみないか。
俺ももう一度、見たくなった。
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