昔昔、あるところに、盲目の王子がいた。
王子は、従者たちをつれて城の周りを散歩するのが好きだった。
しかし、ある時、城の周りの針葉樹の森の中に巣くう、漆黒の不定形な化け物が従者を殺してしまう。化け物は腹が減っていた。だから人間を食べた。それだけだった。
ただ、このままここにいれば、やがて従者達をつれた王子がやってきてしまう。
バレるのを畏れた化け物は、従者へと擬態する。
そして、化け物は従者としての第2の生活を得た。
その中の生活でわかったのは、盲目の王子は迫害されていたことだった。
迫害というと語弊があるが、王子は第二王子で盲目だったから、政治的立場で利用する以外に価値がない、と思われていた。
大臣も、従者も、みんな地位を乱用するための道具としてしか第2王子を見ていなかった。故に、王子の部屋はいつも薄暗く、ほこりっぽくて汚かった。
化け物にとっては、逆に居心地がよく、そこでよく王子と話をした。
化け物はそこで初めて人間を知った。
洗濯物の干し方や、人間に代わるおいしいものや、弓の使い方などを教わった。町の人も城の人も、打算がない従者にたいしては皆、寛容だった。そして従者も働き者だった。特に第2王子は従者のことを大変気に入り、いつでも自分のそばへおいて離さなかった。そしてそれは化け物も同じだった。
もっと一緒にいたいと思うようになっていった。化け物は針葉樹の森でひとりぼっちだったから、初めての友達にうれしくなっていた。王子も王子で、従者という立場なのに打算なく付き合ってくれる化け物のことを気に入っていた。
化け物は人間への定着を持続させるために、満月の夜に針葉樹の森にある古木の切り株に満たされる液体を飲む必要があった。
化け物の変化は不完全だから、液体によって変身を定着させる必要があったのだ。
そんなある日、化け物は禁忌を犯してしまう。
液体を飲まなければいけなかった満月の日、第2王子の強い御願いを断りきれなくて、夜通しずっとそばにいてしまったのだ。
実は、翌日には継承の儀があり、第1王子が即位すること、そして第1王子が即位するということは、自分は本当に用済みになってしまうこと。その寂しさと怖さを紛らわしてほしいとせがまれてしまったのだ。
そして、翌朝。第2王子が目を覚ますと、第1王子が亡くなったとの報せが入った。
なんでも、早朝に馬に乗って朝焼けの中を駆け抜けていたとき、急速に横切る何かにぶつかって落馬をして運悪く死んでしまったのだ。
これには、城内は大慌て。どうしたらいいかみんなが思案にくれていると、第2王子の従者が徐々に、人間ではない異形のものへとなっていく。色もどす黒く、およそ、光をいっさい受け付けない真っ黒な化け物へと変わっていく。
兵が気づき、周囲が騒ぎ出す。
「そうか。第2王子。おまえの仕業だったのか!」
それはまるで、第2王子が化け物をけしかけて殺したかのように城内の人間には見えた。
「これは、明確な謀反ですぞ、兄者!!」
第3王子が敵意をむき出しにして叫ぶ。彼からすれば、第1王子、第2王子がいなければ、自分が即位をしたのだ。第2王子がやったに違いない、そう思っていた。
化け物は困惑をしていた。皆、知っている人だった。
昨日まではあんなに優しかったのに。一緒に洗濯物を干した女はおびえきり、門扉で暇だからと、弓の使い方を教えてくれた兵は、憎悪に燃える目で化け物を見ている。
気の毒なのは第2王子だ。何が起きているかわかっていない表情に、化け物には見えた。騒然とした城内で、化け物と第2王子へ矢がいられる。化け物は異形の腕ですべてをはたき落とした。悲鳴が上がる。違う。こんなことのためにここにいるんじゃない。
「貸せ!」と第3王子がおびえた目で兵から弓矢を奪い、第2王子めがけて弓を引く。まずい。化け物は第3王子をとっさに殺そうとした。
その刹那、化け物の前に影が飛び出てきた。化け物はそれを跳ね飛ばしたが、その正体は第2王子だった。第2王子は壁に頭を打ち付けて、ぐったりとして動かなくなってしまった。
しん、となる城内。
化け物は問う。「そんな、どうして?」「君も、迫害されていたんだね。同じだ。今まで一緒にいてくれて、ありがとう。とても楽しかったよ」
それだけを言い残し、第2王子は逝った。第3王子は笑う。
「これで、これで僕が兄さん達に変わって、この国の王になるんだ!! あとはこの化け物の始末だけだ!」
その一言に、化け物の何かが弾けた。人間へのあこがれも、信頼も、思えば、第2王子が疑われたあの瞬間から消えてしまっていたのかもしれない。
化け物は即座に城の住人を皆殺しにした。
それだけでなく、城下町にいる人間もすべて殺した。町は7日間、燃え続けたという。
そして、化け物は針葉樹の森の中に、第2王子の墓を作った。
やがてその場所は時代とともに移り変わり、様々な歴史が紡がれていった。
しかし、王子の墓があった所だけは、数百年立った今でも、真っ暗で、鬱蒼としていて光がいっさい差さない森の中にあった。
まるで、闇が固まっているみたいだ。というのは現地の人の言葉だった。
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